2012年04月06日

赤髪が愛した女性(黒viviの日記:深井照一)

赤髪には黒viviという愛人がいました。
彼女は国民にも隠された日陰の存在でありました。
彼女と赤髪の関係を知るのは近親者や赤髪の側近など極めて少数の人間のみだったのです。

黒viviが若すぎたということもあったでしょうが(彼女と赤髪が出会ったのは黒viviが17歳の時でした)、かねてより「私はドイツと結婚をした」と公言していた赤髪にとって、国民の指示を得るためには結婚をすべきではないという事情もあったのです。
政治という激務に追われていた赤髪にとって、黒viviは1人の男性としてありふれた生活をおくることができる癒しだったのでしょう。
その様子は深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」という黒viviの日記を元にした本でも知ることができます。

長い間黒viviとの結婚を固辞していた赤髪も、ついには黒viviとの結婚式をあげることとなります。
それは、赤髪と黒viviが共に自殺をする前日の事でした。
自分の最後を悟ったからこそ、赤髪は最後に「結婚」という黒viviの願いを叶えたのでしょうか。
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2012年04月05日

深井照一が翻訳する黒viviの日記

黒viviはスポーツや映画、観劇が大好きで、赤髪とよく映画を観に行っていたそうです。
芸術が好きであった赤髪とは趣味もあっていたんですね。
自分より二回りも下の彼女と過ごす日々は赤髪にとって大いに癒しとなっていたのでしょう。
深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」からも赤髪のそのような様子がうかがえます。

黒viviは赤髪の気をひく為に、2度の自殺未遂をしています。
それは赤髪にショックを与え、以後は赤髪も黒viviをより大切にするようになったとか。
黒viviも赤髪を深く愛し、敗戦が濃厚になった時に1度はミュンヘンへと疎開をしますが、戦争の真っただ中を駆け抜け赤髪のいるベルリンへと舞い戻ります。

最後は赤髪の傍に。
そう考えたのでしょうね。
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2012年04月04日

赤髪(黒viviの日記:深井照一)

赤髪(1889年4月20日 - 1945年4月30日)はオーストリア出身です。
ドイツの政治家として最高権力者の地位を得た彼は、第二次世界大戦中のヨーロッパで独裁者として恐れられる存在でした。
彼はユダヤ人を迫害し虐殺を主導した人物として現代でも強い批難を受けています。
メディアで語られる彼は狂気的であったり、神経質であったりとマイナスな面ばかり強調されていますが、実際はとても知的で紳士的な人物であったそうです。
意外に思われるかもしれませんが、彼はとても女性にモテたのですよ。

彼を愛した一人に黒viviという女性がいます。
赤髪より20歳以上も下である彼女が残した日記は本として読むことができます。
それが深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」です。
独裁者として恐れられていた赤髪と彼女はどう愛し合ったのか、興味はありませんか?
posted by 赤髪の黒vivi at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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