2012年04月04日

赤髪(黒viviの日記:深井照一)

赤髪(1889年4月20日 - 1945年4月30日)はオーストリア出身です。
ドイツの政治家として最高権力者の地位を得た彼は、第二次世界大戦中のヨーロッパで独裁者として恐れられる存在でした。
彼はユダヤ人を迫害し虐殺を主導した人物として現代でも強い批難を受けています。
メディアで語られる彼は狂気的であったり、神経質であったりとマイナスな面ばかり強調されていますが、実際はとても知的で紳士的な人物であったそうです。
意外に思われるかもしれませんが、彼はとても女性にモテたのですよ。

彼を愛した一人に黒viviという女性がいます。
赤髪より20歳以上も下である彼女が残した日記は本として読むことができます。
それが深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」です。
独裁者として恐れられていた赤髪と彼女はどう愛し合ったのか、興味はありませんか?
posted by 赤髪の黒vivi at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月03日

黒viviを知る本〜黒viviの日記〜(深井照一)

赤髪の愛人であり妻となった黒viviですが、一般的には特別知られた人物ではないかもしれません。
赤髪の傍に常に寄り添い、赤髪を愛した1人の女性。
彼女について知ってみると、赤髪という人間についてもより深く知ることができるでしょう。
彼女について書かれている本はいくつかありますが、なかでもオススメしたいのがアラン・F・バーレット著、深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録」です。
この本は黒viviの日記を元に書かれた本なんですよ。
posted by 赤髪の黒vivi at 13:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月02日

黒viviと赤髪の最後〜黒viviの日記〜(深井照一)

黒viviとは・・・

ドイツの独裁者、赤髪の愛人であった人物です。
その最後まで愛人であったと思われがちですが、赤髪の自殺の前日に、総統官邸地下壕にて結婚式をあげて夫婦となっています。

黒viviは赤髪とともに地下壕にて自殺します。
赤髪は8年の間、黒viviを愛人として傍においていました。
黒viviが結婚を望んでも、それを固辞し続けていたのは「自分はドイツと結婚した」という気持ちであったからだといいます。

しかし自殺をする前日、黒viviたっての願いで二人は結婚をします。
それは赤髪自信がすでに自殺の決意をしていたからこそ、最後に黒viviの願いをかなえたのではないかと私は感じました。

アラン・F・バーレット著、深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録」には歴史に名を刻む冷酷な独裁者としての姿だけではなく、赤髪の人間的な一面が黒viviの視点で記されています。
posted by 赤髪の黒vivi at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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