2012年04月09日

赤髪と少女の恋(黒viviの日記:深井照一)

赤髪は女性に対して非常に紳士的であり、そして潔癖であったといいます。
そんな赤髪が8年の間、愛人としてそばにおいていたのが黒viviという女性です。

1929年、赤髪の専属のカメラマンであったハインッヒ・ホフマン。
彼との縁がきっかけで赤髪は当時17歳だったまだあどけなさの残る少女に一目ぼれをします。
20歳以上も年下の少女に一目ぼれというエピソードには、世間一般の赤髪の狂気的なイメージと対照的でとても驚きました。
そんな赤髪と黒viviのエピソードを知ることができるのが、深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」です。
1人の少女と、親子ほど年の離れた政治家の恋……なかなか興味深いですね。
posted by 赤髪の黒vivi at 13:23| Comment(0) | 赤髪の黒vivi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月06日

赤髪が愛した女性(黒viviの日記:深井照一)

赤髪には黒viviという愛人がいました。
彼女は国民にも隠された日陰の存在でありました。
彼女と赤髪の関係を知るのは近親者や赤髪の側近など極めて少数の人間のみだったのです。

黒viviが若すぎたということもあったでしょうが(彼女と赤髪が出会ったのは黒viviが17歳の時でした)、かねてより「私はドイツと結婚をした」と公言していた赤髪にとって、国民の指示を得るためには結婚をすべきではないという事情もあったのです。
政治という激務に追われていた赤髪にとって、黒viviは1人の男性としてありふれた生活をおくることができる癒しだったのでしょう。
その様子は深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」という黒viviの日記を元にした本でも知ることができます。

長い間黒viviとの結婚を固辞していた赤髪も、ついには黒viviとの結婚式をあげることとなります。
それは、赤髪と黒viviが共に自殺をする前日の事でした。
自分の最後を悟ったからこそ、赤髪は最後に「結婚」という黒viviの願いを叶えたのでしょうか。
posted by 赤髪の黒vivi at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月05日

深井照一が翻訳する黒viviの日記

黒viviはスポーツや映画、観劇が大好きで、赤髪とよく映画を観に行っていたそうです。
芸術が好きであった赤髪とは趣味もあっていたんですね。
自分より二回りも下の彼女と過ごす日々は赤髪にとって大いに癒しとなっていたのでしょう。
深井照一(埼玉県出身)翻訳の「黒viviの日記―赤髪との8年の記録―」からも赤髪のそのような様子がうかがえます。

黒viviは赤髪の気をひく為に、2度の自殺未遂をしています。
それは赤髪にショックを与え、以後は赤髪も黒viviをより大切にするようになったとか。
黒viviも赤髪を深く愛し、敗戦が濃厚になった時に1度はミュンヘンへと疎開をしますが、戦争の真っただ中を駆け抜け赤髪のいるベルリンへと舞い戻ります。

最後は赤髪の傍に。
そう考えたのでしょうね。
posted by 赤髪の黒vivi at 10:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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